牧師からのメッセージ

 

第1回 「再び」
日本キリスト教所沢教会牧師 滝口 宣

   祖父が牧師でした。40代のころ広島県府中市の上下町というところで、信徒が誰もいない状態で教会を始め、高齢を理由に周囲から説得されて、92歳で隠退しました。ところが後任が得られず、すぐに復帰して96歳まで牧師をしていました。103歳で天に召されるまで、祈りの人生でした。
 父も牧師でした。教会から招かれればそこの牧師になるという主義で、倉敷水島教会、倉吉教会、玉島教会(倉敷市)、甘楽教会(群馬県富岡市)、須磨教会(神戸市)と歴任しました。そして阪神大震災に被災し、7か月後に召天しました。まだ63歳でした。主治医によると、震災後のストレスが免疫力を低下させ、すい臓がんを招いたとのことでした。
 息子が現在、同志社大学神学部の大学院で学んでいます。父と私の母校です。牧師になるそうです。母親が脳腫瘍で亡くなったのをきっかけにして、信仰が深められたようです。彼が牧師になれば、4代目ということになります。なかなか珍しいことではあります。
 私は父に似ているのかもしれません。市川三本松教会、鎌ヶ谷教会(千葉県)、久が原教会(大田区)、所沢教会、浄風教会(練馬区)で牧師をしてきました。そして再び所沢教会です。
前回の所沢教会就任の前に、役員のお姉さんから言われた言葉が忘れられません。ご夫君が先輩牧師でした。「ウチもそうだけど滝口さんも、今までの教会には嫌な人がいたでしょ。悔しい思いをさせられてきたでしょ。でも所沢教会には嫌な人は一人もいないから。いい人ばかりだから」。
 その言葉を信じて、就任しました。信じる者は救われます。今までの教会で最長の15年という在任期間でした。居心地のいい場所でした。親切で優しい人たちばかりでした。
 幼稚園長ができる牧師を求めていると聞いて、浄風教会で6年間働きましたが、いま再び所沢教会です。その時間の流れの中で、教会員は少なくなっています。一様に高齢化です。
 しかし少人数であるからこそ、何でもすぐに話し合えます。柔軟性があります。多様性を理解し合えます。そしてその輪の中に、一人でも多くの人が加わってくれることを願っています。
 「そこで、あなたがたに幾らかでも、キリストによる励まし、愛の慰め、霊による交わり、それに慈しみや憐れみの心があるなら、同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにしてわたしの喜びを満たしてください」。フィリピの信徒への手紙2章1~2節。
 所沢教会には、たっぷりとあります。「再び」の歩みに参加してください。

 

 滝口牧師の肖像イラスト。滝口牧師の息女の未来さんが描きました
2024年6月


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