牧師の聖書コラム

 

第18回 「博士たちへの贈り物 ~アドベントに考える」
上林順一郎

 年の瀬が近づくと、世の中もクリスマスの雰囲気が高まってきます。キリスト教ではこの時期を「待降節(アドベント)」と呼び、イエス・キリストの誕生を待ち望む季節となります。
 アドベントとはもともとは「出現する」というラテン語で、英語の「アドベンチャー」の語源であります。森有正というクリスチャンの哲学者は「アドベンチャー(冒険)というのは、危険を冒すという意味で使われているが、本来は思いがけない出来事が突然起こってきた場合に、そこから逃げようとしないで、あえて入り込んでいくこと、それが本来の冒険と言う意味である。冒険とはわれわれが生きていくということ、そのものを意味している」と言っています。
 クリスマスの物語には「東方の三人の博士たち」が登場します。彼らは東の地で突然出現した大きな星を見て「新しいユダヤ人の王の誕生」を知り、その方を礼拝すべく旅に出ます。それまでの地位や生活を捨て、新しい王に拝するために遠い国へ旅立ったのです。それは冒険でしたが、新しい王に出会うことが人生の意味だと信じていたのです。彼らはエルサレムの王宮に向かいますが、そこに新しい王の誕生を見ることはできず、ベツレヘムの一軒の家へ向かいます。
 彼らはそこで「幼子と母マリア」に出会い、伏して幼子を拝み、持参した宝の箱を開けて、「黄金、乳香、没薬」を贈り物としてささげます。それらは当時の最も貴重で高価な宝物であり、新しい王に贈るにふさわしい贈り物でした。彼らの冒険は終わったのです。
 ところが、ヘロデの所へ帰るなとのお告げを受けて、別の道を通って帰っていったのです。
 ここからは私の創作です。博士たちは空になった宝の箱を持ってそれぞれの国へと向かいました。でも、その宝の箱の中は空っぽだったのでしょうか?いえ、それぞれの箱の中には目に見えない宝物が入っていたのです。それは「信仰」、「希望」、そして「愛」という人生にとって最も大切な宝物が入っていたのです。幼子イエスが彼らに贈った宝物を抱えながら、国へと帰っていきました。彼らの新しい冒険が始まったのです。
2021年11月


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