牧師の聖書コラム

 

第34回 「強いられた恵み(受難節に寄せて)」
上林順一郎

 受難節を迎えるとエルサレムの町には世界中から大勢の人々が巡礼にやってきます。巡礼者たちはイエスが十字架を担いで処刑場であるゴルゴダの丘まで登った出来事に倣って大きな十字架を担いで「ヴィア・ドロロー(苦難の道)」と呼ばれる坂道をのぼり、イエスの苦しみを自ら体験するのです。
 もっとも、今日ではこの「苦難の道」の両側には旅行者のためのお土産屋が並んでおり、「苦難の道」を昇っていく巡礼者に向かって店員さんがお土産物を手に「テンダラー(10ドル)」と叫びながら巡礼者に迫っています。「苦難の道」が「商売の道」となっている感じです。
 それはともかく、イエスが十字架を担いで歩いて行く途中、ローマの兵隊たちが群衆の中にいたキレネ人シモンという男に無理矢理イエスの十字架を担がせます。キレネ人というのは現在の北アフリカのリビア地域で、シモンという名はユダヤ人の名前ですのでおそらくアフリカ在住の離散のユダヤ人だったのでしょう。
 シモンは死刑囚が担ぐべき十字架を突然背負わされ、怒りと恥ずかしさで拒否したかったに違いありませんが、ローマの兵隊たちに反抗はできません。いやいや見知らぬ死刑囚の十字架を背負ってイエス・キリストの後を処刑場まで歩いて行きました。突然、強いられた不運を呪いながら・・・
 その少し前、イエスは弟子たちに向かって「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、私に従いなさい」(マルコ福音書8:34)と言われました。
 しかし、弟子たちのだれ一人として十字架を背負ってイエスに従った者はいません。ただひとり、このキレネ人シモンだけがイエスの十字架を自分の十字架として背負ってイエスに従ったのです。
 その後のシモンのことは分かりませんが、アンティオキアの教会にはキレネ人がおり、その中に「ニゲル(黒い人)と呼ばれるシメオン」という人がいたと書かれています。シメオンはシモンのことですから、イエスの十字架を担いでイエスに従ったあのキレネ人シモンとも考えられます。
 彼はイエスが十字架にかけられた姿を見てイエスを神の子と信じたのでしょうか。もしそうなら、「強いられた不運」がいまや「強いられた恵み」になったのです。
 私たちの人生においても「強いられた不幸や不運」と感じることが多くあります。しかし、それが「強いられた恵み」となることもあるのです。信仰の不思議さです。

2023年3月


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