牧師の聖書コラム

 

第41回 「聖書の地」に平和を!
上林順一郎

  2000年の2月、初めて聖書の地イスラエルを訪ねました。それまで何度か行く機会があったのですが、長年イスラエルとパレスチナ人との間で紛争が続き、その解決が見通せない中で「聖地旅行」もないだろうと、行くことをやめていました。しかし、1993年、イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)との間でお互いの存在を認め合うという「パレスチナ暫定自治に関する共同声明(オスロ合意)」が調印され、「聖書の地」には平和の状況が生まれはじめました。
 その調印式がワシントンでアメリカのクリントン大統領を仲介者として調印式が執り行われました。調印の後、PLOのアラファト議長がイスラエルのラビン首相に近寄り右手を差し出して握手を求めました。その時、ラビン首相は一瞬躊躇したように見えました。しかし、思い直したように右手を差し出し、二人は握手をしたのです。歴史的な瞬間でした。
 調印後、記者会見が行われある記者がラビンに尋ねました。「あなたはアラファトが握手を求めた時、一瞬躊躇したように見えました。しかし結局、握手をしました」
 ラビンはこう答えました。「長年の敵と握手をすることはわたしにはできないことです。しかし、その敵と握手をしなければ平和はやってこないのです」
 それから数年たって、はじめてイスラエルとパレスチナの人々の住む地を訪ねました。当時の「聖書の地」は平穏無事でした。
 その旅行中、象徴的な出来事を見ました。私たちの旅行を案内してくれたのはイスラエルの女性で、日本に留学し聖書についても博学な方でした。旅行中バスの運転をしたのはアラブの男性でした。昼食の時なると、レストランの隅でこの二人はテーブルを挟んで食事をしていたのです。イスラエルの女性とアラブの男性とが向かい合って一緒に食事をしている。それはまさに聖書の語る平和の姿でした。
 「正義が造り出すものは平和であり、正義が生み出すものは、とこしえに安らかな信頼である。我が民は平和の住みか、安らかな宿、憂いなき休息の場所に住まう」(イザヤ書32:17,18)
 いま、「聖書の地」はイスラエルとパレスチナ人との戦いで殺戮の地になっています。
 「国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう」(イザヤ書2:4,5)
 かの地の平和を祈るばかりです。
2023年10月


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